2017年2月21日火曜日

首都高10号晴海線の考察

どもども、寅さんです。

前回、前々回と、晴海線の実地調査をしましたが、
JCTの形がどうもよくわからんで、いろいろ、再調査しました。
そしたら、たくさんの誤解がありました。

まず、今回の調査をするときに、
参考にさせていただいたのが、下記の2サイト。
勝手ですが、リンクを張らせて頂きます。
①「どらったら」さま
#78更新① 首都高晴海線の都心環状接続 中央区の反対を東京都はスルー?
http://ameblo.jp/dorattara/entry-11792925722.html
②「関東土木保安協会」さま
#355 【違算幻影】首都高速10号晴海線 第1車線 ~河川を潰した夢の跡~
http://ameblo.jp/kanto-ce/entry-12026698644.html

特に、①の方の地図がめっちゃ参考になりました。

さて、この二つのサイトを参考にしながら調査したわけですが、
晴海線は、築地市場の地下で2つに分岐し、銀座に行くA線と、
入船橋を通るB線が計画されている、と予想というか、読んでました。
そして、A線B線それぞれ、上り線と下り線があって、B線には上り線と下り線のそれぞれの入口がある(例のスロープ)ということだと思ってました。
そして、B線の新富町の出口のところがJCTになって、
「現状の出口の線が分岐して晴海線へ、湾岸線から来た線が、都心環状線の内回りと外回りにそれぞれ入るんだ」
と思ってました。
(イメージ)


いや、それはおかしい。

なぜなら、そうするとA線の必要がない!
ここで全方向行けるんだから、A線の片方向のJCTというのが、いらないんです。

その違和感をもとに、検索検索~
「乗り物ニュース」
10号晴海線「脱盲腸」プラン 一般道の計画を首都高に
https://trafficnews.jp/post/40855/

おぉ、確信をつく記事が。
この記事から写真を転載します。

A線とB線はそれぞれ一方通行だと!?
それなら納得。
つまり、晴海線が出来たときの新富町はこんな感じ。
(イメージ)

とすると、この入口と出口がある、両方向用のカルバートはなんなのか。
それも、その記事に書いてあります。
「東京都が築地と入船橋をつなぐバイパスとして、1971年に川を埋め立てて建設したが、1993年に中止した。その後、同じ年に再利用計画として晴海線を通すことにした。(上記記事の要約)」
ということらしいです。

つまり、このトンネルは首都高として建設されたわけではなくて、
一般道の未成線の遺構であって、首都高の計画地、なだけなんですね。
首都高の未成線ではないわけだ。
このトンネルの首都高感の無さはそういうことなんですね。

過去の航空写真を追うと、新富町の付近の変遷はこんな感じ。
1956年:都心環状線も含めて全部川!
1963年:都心環状はあるが、新富町から築地川は川のまま
1971年:築地川埋め立て、川面の高さで駐車場(?)。新富町部は川。
1984年:現在の位置に新富町出口が出来る。
1989年:現在の形に公園化、地下には都道用にカルバートが埋められ、出入口が出来る。
1993年:都道計画中止、晴海線計画浮上
現在へ至る。
というかたちです。

なので、
この位置に右側の新富町方面からくる合流は存在しない。

このカルバートの片側は、晴海線計画が完成したとしても、永遠に使われない。

ということだですね。

未成線の首都高の入口…
ではない!

ということでした。

造るのに時間がかかるので、
道路行政って難しいですね。

これが、実地調査とネットで2時間調べた、
晴海線の真実です。

ではでは。

首都高10号晴海線予定地フィールドワークのつづき20170217

つづいた。

どもども、寅さんです。
風強い。

さて首都高晴海線計画線をめぐる旅、その二です。
前回、晴海出入口から地下に入って、勝どき橋西側をすすんで築地市場を突っ切り、
銀座出入口あたりに出てくる線をたどったわけですが。

築地市場の地下で分岐して東に進み、
新富町の駅のところから入船橋につながるルート、というのも計画されています。

ということで、晴海通りの築地市場のあたりに戻ってきました。
親柱が半分埋まっている…。

半分埋まった親柱の晴海通りを挟んで反対側には
新しそうな施設が。

親柱の隣は駐車場。
すなわち、この駐車場は川を埋め立てて造ったもの。

さて、この川跡に道が通っているので、これをたどります。
そう、この川跡こそが、晴海線の分岐線の計画ルート。

左手の寺院ぽいのと、右手のビル。
ぽっかりと駐車場が続きます。

 こう見ると、エアスポットになってるよね。

さて、駐車場が終わると、謎の入口が。
 一方通行の出口のところにつながってます。
でも、向き的に、入口だよね。

なんか、わくわくする道。

でも、ちょっと行くと地下に吸い込まれ、
柵で立ち入り禁止に。

案外トンネルが狭い。

 出口だとしたら、こんな感じの景色になりますね。

にしても、地下駐車場の出口といわれても違和感なし。

この入口の裏側の川の跡は公園。
橋っぽくなってます。
やっぱここは川だったんだよね。

公園から入口を。

なんか、だれかよく立ち入ってそうな雰囲気。

かっこいい。

公園を進むと、下水道の工事をしてました。

公園内には、橋っぽいモチーフが多用されてます。

このモチーフの裏は…
明かり部!!!
にしても、壁、薄くない?

作業員さんが!!
何に使っているんだろう、ここ…。

天井は分厚いね。

開口部の横には謎の入口が。

非常階段かな。
確かに、3枚上の写真のところに、銀色の扉がありましたね。

そしてやっぱり橋。

さて、新富町方向へさらに足を進めましょう。
今度は、出口が。
だから、やっぱり、地下駐車場の入口っぽいよね。

開いてる。
さっきの作業員さんはここから入ったんですかね。たぶん。

出口を反対側から。
このコンクリートのむこう側が出口のスロープですね。
この公園、デイキャンプ場があるのか。

スロープが格好良い。

さて、スロープを見下ろして、反対側の駐輪場を抜けると、
 ぽっかりと開いた空間が。

しかも、90度曲がっている。

公園になっている。

入口はあの階段のみ。

カーブを外側から。

目の前は新富町駅の入口。

階段を 降りてみたらば カルバート

右側のカルバートは中は真っ暗。

90度回った写真になっちゃった。
左側のカルバートは、明かりが。
さっきの出口ですね。

でも、なんか違和感。
あまり首都高っぽいトンネルじゃないな、と思う。
首都高だったら、トンネルの箱に番号が書いてあったりすると思うし…。

カーブの内側。

入船橋。

カーブの外側を、下から眺める。

この壁の向こう側は新富町駅への階段だ。

入船橋

橋の下は、ピッチング練習場に。

その奥は…

道っぽい

歩き疲れて、ベンチから見た光景。
将来首都高になるんだぜ。


左手は、ドッグランで、
その奥にも道路用地が。

白いのは有楽町線のダクト。

舗装されてるが、通っている軌跡はなさそう。

新富町の出口の構造物。

カーブの内側。


入船橋から望む。
片側2車線で曲がるのかな。
結構急カーブでは。

入船橋の親柱。
立派だが、川を超える橋ではない…。

ぽっかりとカルバート。

入船橋のところに合流してくる、新富町出口。

ピッチング場のところの道は箱型でこの出口をくぐっているようだ。

入船橋から都心方向を。

何かはみ出した構造物。
マンホールがある。

入船橋の一個都心側。
築地橋。

高速出口が真ん中にまっすぐ、
両サイドに分岐しそうな構造。
両サイドの分岐にも看板がつけられそうになってます。

こっち側にも張り出した構造が。

さて、都心環状線手前、最後の橋からは、
下に降りる道が。

2本。

橋をくぐる。
橋というか、駐車場の構造物だけど。

2本の下へ降りる道の分岐点。

このカーブがエロい。

橋の反対側は首都高都心環状線本線。
一番右の分岐してる線が、新富町出口へ。

晴海線から来た線は、トンネルでこっちに合流するのかな、と予想。

 三吉橋。
川の時代から三又だったんですね。
今も、三又です。

結局、今までたどってきたところは、築地川の埋め立てた跡地、
ということみたいですね。

右手が西、左手が東、前方が新富町駅方向の南。

首都高の西方向を橋の上から。
 右側が内回り。

上の写真で向こうに見える橋の上から。
というか公園でした。
左側が開いているのは、分岐線を作るため?

その、開いてる左側。

構造としては通せそう。

晴海線方向から内回りに行くにはこのあたりで出てくるのかな…?
スペースがないけど。

というわけで、フィールドワーク終了。

一番近いJRの駅へ向かうことに。
すると、東京駅だった。
途中の道で。

 自動電話交換機のモニュメント。

途中の京橋で、はなまるうどんへ。
地下でauもdoも電波入らなくて死ぬかと思った。

東京駅に無事到着。
今、話題の、ハシビロコウが(ちがう)


というわけで、晴海線でした。
ではでは。